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凪「良い人か悪い人かって言ったら悪い人だと思う。
つーか既に人ですらないよな。淫魔さんだからな。
でもぶっちゃけ嫌いでもなかったんだよねー」







――『セキさん』――




「……迂闊だった」
 高校一年の冬休み、両親に反発して携帯と財布と通帳と携帯ゲーム機をウエストポーチに、着替えとタオルと歯磨きセットとその他諸々をキャリーバッグに詰めて、単身北海道から東京へ出て来たは良いものの、既に僕は今後の事で詰んでいた。そりゃそうだ、衝動的に出てきてしまったんだから、無計画も良いところだ。
 ホテル代……いや、何処かに部屋を借りるにしても、家賃もそう長くはもたないみたいだった。財布には親から一ヶ月に貰う小遣い分くらいの額しか入ってなかった。通帳の貯金含めても大した額にはならなかった。そう言えばうちの高校バイト禁止だった。
 僕には夢があった。ちょっとマイナーな方面でだが、所謂芸能界デビューだ。けれどそっち系統の道は厳しいからと両親に猛反対され、そこそこ偏差値の良い普通科の高校へ。でも、やっぱり何かが違うと感じていた。
 確かに別に良心からびっちり敷かれたレールがあったわけじゃない。でも、安定を願う両親が僕の夢を許してくれるわけじゃないと判ってたから、ある程度希望に沿った。
  でもやっぱり、夢と離れた日々を過ごす内に綻びが生まれた。だから今回、思い切って本気で声優を目指したいと改めて告げたのだ。
「――現実性のない夢に逃げてないで、もっと勉強頑張りなさい」
 その結果が、この言葉だった。
 確かに今までそっちの道に進むだけの練習をしてきたわけじゃない。そんな状態で訴えても現実逃避には違いなかったかも知れない。――けど、だからって!
「じゃあ、そっちの道に進む為に努力してたら認めてくれたの?」
「勿論、熱意があればね。でも凪はその為の努力を」
「嘘吐き!!」
 知っている。幾ら熱意と努力を重ねたところであんた達は認めない。何かと理由を付けて断固反対するのは目に見えてる。娘だからこそ判る。
 僕の決めた道だ? 『決めさせた』んだろうが、笑わせるな!
 結局僕は翌日家を出た。一応今まで育ててくれた恩はあるから、貯金の半分は置いて行ったけど、そんな余裕はどう考えてもなかったと今になって悟る。
 結局未成年が独りで出来る事など限られているのだ。そう思うと空しくなって、同時に何をやっても中途半端な自分に酷く絶望した。
 高校受験の際、夢を反対された時点で、いきなり上京とまで行かずとも、高校のレベルを下げてでもバイトでも何でもして、いずれは資金を溜めて親元を離れ、そっちの道に進む為の修業を始めれば、まだ少しはマシだったかも知れない。これでもまだ甘い考えなのだろうけど、何もしないよりはきっとまともで、そんな事にも考えが及ばなかった自分はきっと大馬鹿なのだろうと思った。
 ともあれ、僕は途方に暮れていた。今後の事、自分の事。
 でも帰る気にはなれなかった。かと言ってホームレスがアルバイトなんて聞いた事がない、ましてや専門学校に通うなんて――絵空事だ。
 手首を何かに掴まれたのは、そんな事を考えている時だった。
「ねえ、キミ! ちょっと付き合ってよ!」




「……」
「あ、好きなもの頼んで良いんだからねー誘ったの俺だし奢るよ」
 僕はその時、目の前の男にあれよあれよと喫茶店らしき店に連れ込まれ、こうして向かい合ってお茶をしていたわけで。
 言葉に甘えるフリをして、メニュー越しに彼を観察してみる。彩度高めの金髪に、ペリドットグリーンとでも言うんだろうか、そんな感じの黄緑の瞳。服装は瞳の色に合わせた黄緑基調の、シンプルだけど小洒落たものだった。日本人離れした外見の、爽やか系の美形といったところか。年は僕より少し上、大学生くらいって感じだったけど、店中の人間、特に女性がしきりに彼の方をチラチラと見ているのが判る。
「此処のフレンチトーストが美味しいらしくてさ、食べてみたかったんだよね。ブームが来るって言われてた時期に出たらしくて、結局ブームは来なかったけど、此処のは美味しいって地味ながらも人気とリピーターが結構……」
「は、はあ」
 結構気さくでフレンドリーな感じだった。反対に僕は所謂コミュ障なので、始終押されっ放しだったけど。
 運ばれてきたフレンチトーストを頬張る彼を観察しつつ、僕はチーズスフレを口に運んだ。隠れた名店(と、彼は言っていた)だけあって美味しかった。……グルメでない僕には、その程度の感想しか出てこない。国語は得意科目な癖にこういうボキャブラリーは貧相だ。
 そんな僕とは対照的に、彼は饒舌に語っていた。楽しそうで何よりだ、と他人事のように思った。
「で……キミ、困ってたみたいだけどどうしたの?」
「……あ」
「放っておけなくて声かけたんだよ。俺で良ければ話聞くよ。ほら、他人だからこそ話せるっていうのあるじゃない? 勿論無理にとは言わないけど」
「……」
 警戒心は人一倍強いと自負している僕だけど、その時は何故か素直に話す気になった。彼の言う通り、他人だからこそ気が楽だったというのもあるのかも知れない、とその時は思っていた。
 ぽつぽつと、身の上話をした。彼は、時々頷きながら、基本的には黙って聞いていた。
 そして、僕の話が終わると、急にぱん、と手を叩いた。
「そうだ! じゃあ、俺の家においでよ!」
「……はい?」
「丁度良いんだ、俺の家、スタジオがあるんだよ。ボイストレーニングには丁度良いじゃない? 流石に学費は出してあげられないけど、そのくらいなら力になれるよ!」
「え……」
 その話が本当なら有難い申し出では、ある。けど、問題も山積みだった。家賃は、とか、お互い性別違うけど良いのか、とか。
 いやまあ自分が美人だから襲われるなんて自意識過剰な考えではなくて(そもそも僕は美人でもなければモテるわけでもない)、周囲の目を気にしないのかな的な意味で。
 確かに我流とは言えボイトレが出来るのは有難い事だし、専門学校に通う為の学費稼ぎにアルバイトを始めるにしても住所がなければ始まらない。
 けど、まあそのなんだ、初対面の相手に其処までして貰うのは、っていうのと、やっぱり会って間もない人を信じ切っちゃうのはちょっと、うんかなり、危ないんじゃないかな! なんて。
「あの、厚意は有難いけど其処までは流石に」
 ――言い掛けて、違和感に気付いた。
 彼が、じっと、僕の目を見ている。
 心が、ざわついた。でも、これは。
 自分を含めた、人の気持ちに疎い僕でも判る。
 これは、恋、なんて可愛いものじゃ、なく、て。これは、もっと、もっと、危ない、何か。
「遠慮しなくて、良いんだよ?」
 拙い、拙い、拙い。
 頭の中がぐるぐると回る。心臓が警鐘を鳴らす。
 頷いてしまいそうになる。でも、駄目だ、駄目だ。
 このまま流されたら、僕は、僕は――
「……あれ」
 不意に、彼が身を乗り出した。掌が、僕の頬っぺたに触る。
 体温を感じない程に、僕は自分を律するので精一杯だった。全身から嫌な汗が噴き出そうになる。
「……効果がないね。こういうの、初めてだよ」
 彼は暫く、不思議そうに僕の顔(血の気が引いて、目を白黒させていたに違いない)を覗き込んでいたけれど、やがて――柔らかいけれど、何処か歪な、黒い微笑みを、湛えていた。
「キミは淫魔としての素材も良いのかも知れないね」
「……っ……」
 インマ? 何を言われているのか判らない。
 けど、身体は勝手に強張った。
 だと言うのに、彼は対照的に――笑った。
 さっきまでの、人好きのする満面の笑顔で。
「気が変わった。俺、キミとは『友達』になりたいな!」




 結局、何だかんだで彼についてきてしまった。
 彼自身も、彼についていく事も怖かったけど、断った時にどうなるか、それを想像してしまって、それも怖くなった。要するに彼に目を付けられた時点できっと僕は詰んでた。
(「いやまああのままでも詰んでたけどさ……」)
 彼に連れられて僕がやってきたのは、昔はジャズバーか何かだったと思しき建物だった。地下に音楽スタジオもあって、其処に練習用の機材などが揃ってるらしい。
 因みに二階が嘗ては店長が私室として使ってたと思しき個室があって、彼は其処で寝泊まりしているらしい。其処に彼は使っていなかったベッドを引っ張り出してきて僕の寝床を確保した。
「自分の家だと思って寛いでねー」
 そう言われても寛ぐ気にはなれなかった。と言うか寛げる気がしなかった。
「あ、家賃は気にしないでね。学費稼ぐの大変だと思うし。その代わり、バイトは週3か4くらいにして、空いた時間で必要に応じて俺やキミ自身の身の回りの世話をして欲しいかな」
「……それが、僕が此処で暮らす、条件?」
「まあそんなところ」
 つまりそれを守らないと答えれば彼も諦めて僕を手放す――というわけではなさそうだった。『此処で暮らす事が出来なくなる』だけであって、『追い出す』とは言ってない。
 疑心暗鬼になり過ぎるのもどうかと思うけど、さっきの恐ろしい感覚と、彼の黒い一面を見てしまってから、彼の言葉を素直に受け取る気にはなれなくなっていた。
「と言っても大層な事じゃないよー。頼みたいのは料理と洗濯と掃除。普通の家事だね。あ、そうだ! 仕事着を買おう! 可愛いの用意しとくからね」
「いやえっと流石にそれは」
「えー、磨けば光るよキミは。もっとお洒落しなきゃ。そういうの、女の子の特権だからね!」
「はあ」
 オタクキモイと言われた事も少なからずある僕にはピンとこなかった。まあ、それは外見云々(多分、美人でもブスでも普通でも良いのだ、そういうのは)と言うより、オタク文化に多かれ少なかれ染まってる奴=キモイ、という方程式なのだろうけど。
「あ、そう言えば俺、キミの名前を聞いてないよ! ってか自己紹介まだだったよね。俺は『セキ』だよ」
「……関さん?」
「ううん。細かい事気にしなくて良いの! それよりキミは?」
「……ナギ。清水、凪……」
「ナギだね! 改めてこれから宜しくね!」
 にぱ、と爽やかスマイルと共に僕の手を取ってぶんぶん縦に振るセキさん。
 ――その瞬間、奇妙で、少し怖い共同生活が、始まった。
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